大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和26年(う)3185号 判決 1952年5月23日

控訴人 被告人 中村長次 塚本金十郎

弁護人 芳井俊輔

検察官 沢田隆義関与

主文

本件各控訴はいずれもこれを棄却する。

理由

本件控訴の趣意は弁護人芳井俊輔提出の控訴趣意書記載のとおりであるから茲に之を引用する。これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

論旨第三点について。

記録によれば、本件起訴状記載の訴因は、第一、被告人中村長次は昭和二十三年十月頃業務上保管にかかる政府所有の小麦粉二十五袋(一袋二十二瓩入)を被告人塚本金十郎方において同被告人を通じて青木弥三郎に売却し以て之を横領し、第二、被告人塚本金十郎は賍物たるの情を知りながら昭和二十三年十月頃右中村長次より小麦粉二十五袋の売渡斡旋方の依頼を受けて之をその頃肩書自宅において青木弥三郎に売却し、以て賍物の牙保をなしたというのであり、これに対し原審第六回公判において検察官が予備的に訴因を追加したところは、第一、被告人中村長次は法定の除外事由がないのに営利の目的で被告人塚本金十郎に対し、昭和二十三年十月初旬頃及び同月下旬頃の三回に亘り小麦粉合計二十五袋(一袋二十二瓩入)を法定の販売価格より合計金一万九千六百円を超過する代金三万三千円で売り渡し、第二、被告人塚本金十郎は営利の目的で被告人中村より第一記載のように小麦粉二十五袋(一袋二十二瓩入)を法定の販売価格より合計金一万九千六百円を超過する代金三万三千円で買い受けたものであるとし、いずれもその罪名を物価統制令違反となしていることは所論のとおりである。しかしながら本件起訴状記載の公訴事実の基本たる事実関係は、被告人中村については、同被告人が本件小麦粉二十五袋(一袋二十二瓩入)を第三者に売り渡したというにあるのであつて、これを起訴状記載の訴因は同被告人が自己の業務上占有する他人の物をほしいままに売却したものとし、業務上横領罪を構成するものとしているのであり、予備的に追加された訴因はこれを指定価格を超過して販売したというのであるから、右起訴状記載の訴因と予備的追加の訴因との間には、その基本たる公訴事実の同一性は失われないものというべきである。しかして被告人塚本については、本件起訴状記載の基本たる事実関係は同被告人が本件小麦粉二十五袋の売買に関与した事実であり、これを起訴状記載の訴因は、同被告人がその賍物たるの情を知りながら本件小麦粉の売買の斡旋をしたものとし、賍物牙保罪を構成するものとしているのであり、予備的に追加された訴因は、これを右被告人自身において指定価格を超えて買い受けたものとしているのであつてその間に自ら買受けたこととこれを他人に斡旋したこととは事実関係において相違するかのごとくであるが、記録によれば本件小麦粉は被告人中村から被告人塚本の手に渡り、次いで同人からこれを前記青木弥三郎に売り渡したことは疑なきところであり、この点につき被告人中村の司法警察員並びに検察官に対する各供述調書の記載によれば同被告人は本件小麦粉は被告人中村においてこれを被告人塚本に売り渡したものであると供述しており、被告人塚本の司法警察員に対する第一、二回自首調書及び検察官に対する供述調書の各記載によれば被告人塚本は被告人中村から本件小麦粉の売却方依頼を受けてこれを前記青木弥三郎に売り渡した旨供述しているのであつて、検察官は当初この被告人塚本の供述に従つて起訴状において同被告人が被告人中村の依頼を受けて本件小麦粉を青木弥三郎に売却したものとし、予備的に追加した訴因においてはこれを被告人中村の供述するところに従つて被告人塚本が本件小麦粉を買い受けたものとしたのであるが、そのいずれにしても、その基本たる事実関係が同一であることについては疑なきところである。したがつて被告人塚本についても本件起訴状記載の訴因と予備的追加の訴因との間には、その基本たる公訴事実の同一性は失われないものといわなければならない。されば本件予備的訴因の追加を以て公訴事実の同一性を害するものとして却下すべきものとする所論は到底採用し難い。論旨は理由がない。

(その他の判決理由は省略する。)

(裁判長判事 花輪三次郎 判事 川本彦四郎 判事 山本長次)

控訴趣意

第三点検察官ハ予備的訴因ノ追加ハ違法デアル、検察官ハ昭和二十六年五月九日第六回公判ニ於テ訴因ノ予備的追加ト題スル書面ニ基イテ訴因ノ予備的追加ヲ為シタルコトハ記録上明白デアル、而シテ原審判決ハ予備的訴因ニツイテノミ判断ヲ示シテ居ルニ過ギナイ、然ルニ本件ノ主タル訴因ト予備的訴因ヲ一読スルニヨツテ直チニ理解セラルル通リ公訴事実ノ同一性ノ範囲ヲ逸脱シテ居ル、即チ公訴事実ハ第一被告人中村長次ハ昭和二十三年十月頃業務上保管ニ係ル政府所有ノ小麦粉二十五袋(一袋二十二瓩入)ヲ被告塚本金十郎方ニ於テ同被告人ヲ通ジテ青木弥三郎ニ売却シ以テ之ヲ横領シ、第二、被告人塚本金十郎ハ賍物タルノ情ヲ知リ乍ラ昭和二十三年十月頃中村長次ヨリ小麦粉二十五袋ノ売渡斡旋方ノ依頼ヲ受ケ之ヲ青木弥三郎ニ売却シタト云フニアリ、而シテ之ガ罪名ハ被告中村ハ業務上ノ横領被告塚本ハ賍物牙保トシテ起訴シタノデアル、然モ第一回ヨリ第五回公判迄ハ其ノ起訴事実ノ範囲ニ於テ審理セラレ、之ガ犯罪証明十分ナラザルニヨリ検察官ハ俄然第六回公判ニ於テ訴因ノ予備的追加ヲ為シタノデアル、刑事訴訟法第三百十二条ニヨレバ裁判所ハ検察官ノ請求アルトキハ公訴事実ノ同一性ヲ害シナイ限度ニ於テ起訴状ニ記載サレタ訴因又ハ罰条ノ追加、撤回又ハ変更ヲ許サレナケレバナラナイト規定サレテ居ル、事件ノ同一性トハ事件ガ手続ノ前後ニ於テ同一事件トシテ取扱ハレルコトヲ云フ、即チ刑事訴訟法ノ客体トシテノ事件ノ同一性デアル、然ラバ事件ノ同一性ハ何ニヨリ決定セラルルカ、ソレハ被告人ノ同一性ト公訴事実ノ同一性トニヨツテ決定セラルルモノト解スル、従テ検察官ガ起訴状ニ於テ指定シタ犯罪事実、即チ公訴事実ノ同一性ハ事件ノ同一性ヲ決定スル要素デアル、故ニ公訴事実ノ基本的同一性ハ維持サレナケレバナラナイ、之刑訴三一二条ノ規定スル所デアル、公訴事実ノ同一性トハ実体形成過程ニ於ケル認識ノ変化ニモ拘ラズ形式的ナ訴因又ハ罰条ノ変化ニモ拘ラズ公訴事実ガ基本的ニ同一デアルスコトヲ意味スルモノト解サナケレバナラナイ、即チ此ノ意味ニ於ケル公訴事実ノ同一性ハ事件ノ同一性ヲ決定ル要素デアル公訴事実ガ同一デナケレバソレハ最早ヤ同一ノ事件デハナイ、検察官ノ主タル訴因ハ前述ノ如ク被告中村ハ業務上保管ニ係ル政府所有ノ小麦粉ヲ被告塚本金十郎ヲ通ジ青木弥三郎ニ売却シ以テ之ヲ横領シタリトシ被告塚本ハ賍物タルコトノ情ヲ知リ乍ラ中村長次ヨリ小麦粉ノ売渡斡旋方ヲ依頼サレ之ヲ青木弥三郎ニ被告中村ガ売却シタルモノトシテ賍物牙保トシテ起訴シテ居ルガ之ヲ予備的ニ訴因ヲ追加シ業務上横領ニ非レバ物価統制令違反又ハ食糧管理法違反ニ起訴ヲ追加シタルノミデアル。

記録ヲ精査スルモ第二回公判調書ニ示ス如ク中村ハ小麦粉ヲ塚本金十郎ニ売却シタルコトアルガ塚本ニ斡旋方ヲ依頼シ青木弥三郎ニ売却シタル事ナシト供述シ、又塚本ハ中村カラ小麦粉ヲ買ツタ事ハアルガ青木弥三郎ニ中村カラ依頼サレ売却ノ斡旋ヲシタコトハナイト供述シテ居ル、之ニヨツテ見レバ被告中村ハ塚本ニ小麦粉ノ却ノ斡旋方ヲ依頼シ勿論青木ニ売却シタ事実モナク塚本ハ中村ヨリ売却方ノ斡旋ヲ依頼サレ青木ニ売却シタル売事実モナイ、従ツテ予備的訴因追加ハ中村ガ塚本ニ対シ小麦粉合計二十五袋ヲ法定ノ最高販売価格ヨリ合計一万九千六百円ヲ超過スル代金三万三千円ニテ売渡シ被告人塚本ハ中村長次ヨリ小麦粉二十五袋ヲ法定ノ最高販売価格ヨリ合計一万九千六百円ヲ超過スル代金三万三千円デ買受タリト予備的ニ訴因ヲ追加シ中村ニ対シテハ業務上横領、物価統制令、食糧管理法違反ト罰条ヲ変更シ塚本ニ対スル賍物牙保ヲ物価統制令、食糧管理法違反ト罰条ヲ変更スルニハ公訴事実ノ基本的同一性ガ維持サレナケレバナラナイニ拘ラズ横領ナリヤ賍物牙保ナリヤノ争点ヲ決定的ニ変更シ且ツ刑事訴訟法第二百五十六条ノ公訴事実ハ日時場所方法ヲ以テ罪トナルベキ事実ヲ特定シ之ヲシナケレバナラナイトノ規定ニヨツテ見ルモ主タル訴因ハ前述ノ如ク被告中村長次ハ業務上保管ニ係ル政府所有ノ小麦粉二十五袋ヲ被告塚本金十郎ヲ通ジテ青木弥三郎ニ売却シ以テ横領シ、塚本金十郎ハ賍物タルノ情ヲ知リ乍ラ昭和二十三年十月頃中村長次ヨリ小麦粉二十五袋ノ売渡斡旋方ノ依頼ヲ受ケ肩書自宅ニ於テ青木弥三郎ニ売却シテ賍物牙保ヲ為シタルモノナリト記載シテ居ルガ予備的訴因ノ追加ハ前述ノ如ク中村ヨリ塚本ニ売却シタルモノト記載スルヨリ見ルモ其ノ手段方法ガ異ルモノデ其ノ売却シタル回数モ四回デアルガ其ノ回数モ其ノ売却代金モ主タル訴因ニハ明示サレ記載シテナイ、然ルニ予備的訴因ノ追加ニハ其ノ方法モ直接被告間ニ売買セラレタルモノトシ且ツ其ノ売買代金モ明示サレ之明ニ主タル訴因ノ公訴事実ガ附加サレタルコトトナル、故ニ予備的訴因ノ追加ハ公訴事実ノ同一性ヲ害スルコト明白デアル、然モ既往ノ証拠調ハ凡テ横領賍物牙保ヲ以テ審理シ俄然物価統制令予備的訴因ヲ追加スルニ争点ヲ決定的ニ変更シ被告等ノ防禦方法モ根本的ニ建テ直サネバナラヌコトトナツタノデアル、尚公訴事実ノ同一性ヲ維持スルニハ当然罪名ノ同一性ヲ維持シナケレバナラナイ、即チ公訴ニ於テ予定サレタ罪名ニヨツテ限定サレル犯罪ノ本質ヲ変更スルコトハ出来ナイ、業務上横領ト物価統制令、食管違反賍物牙保ト物価統制令食管違反事件ノ間ニハ罪名又ハ罪質ノ同一性ガナイト云ハネバナラナイ、其ノ罪名ヲ変更スルニハ更メテ公訴提起ノ手続ヲトラナケレバナラナイ、之ヲ要スルニ追加ノ時点ニ於ケル判断ニ於テ新公訴事実ヲ附加サレテハナラナイ、然ルニ検察官ノナシタル訴因予備的追加ハ前述ノ如ク訴因ノ基礎トナル犯罪事実(判断ノ対象)ヲ新ナルモノヲ附加シタノデアルカラ訴因ノ予備的追加ハ公訴ノ事実ノ同一性ヲ害スルモノトシテ却下スベキモノデアルニ拘ラズ之ヲ許容シタルハ刑事訴訟法第三百十二条ノ違反デ明ニ判決ニ影響ヲ及ボスベキ法令ノ違反デアルカラ原判決ハ此ノ点ニ於テ破棄ヲ免レナイ。

(その他の控訴趣意は省略する。)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例